先日、面白い記事に目が止まった。レノボグループが、生産拠点を中国の西部に移管するという。なんでも、現在の生産拠点は大都市にあるため労務費が上昇しているようだ。すなわち、まだ労務費が抑えられる西部に移行していこうというわけ。
ここで起きているのは、中国国内格差を利用したコスト低減である。もちろん、日本国内にも格差はある。しかし、元・社会主義国の中国の方が格差は 大きいということがわかる。日本で、横浜の労務費が高いので佐賀に移管します、などということは考えにくい。日本は法人税等の引き下げ特恵すらも地方が設 定できないのだ。
中国西部で生産されたパソコンはいままでどおり、アメリカや日本、ヨーロッパに輸出されていくだろう。私たちはどこの誰が作ったか、そしてどこかの誰に替わったのかもわからないまま、パソコンという文明の利だけを享受することになる。
ここで考えてみよう。もし、中国の労働者を日本が移民として受け入れていたらどうなっていたかを。当初は安価なコストで生産出来ていたかもしれな い。しかし、日本人労働者との給与格差はいつまでも続くわけではない。現在、中国の都市部で給与があがっているように、直に日本人労働者のコストと変わら なくなるだろう。
これは一つの示唆を私たちに教えてくれる。とすれば、私たちは安易な移民受け入れではなく、製品を「輸入さえすれば良い」ということだ。移民では なく、中国が生産したものを購入すれば、それは(場所がどう移管するのであれ)中国の労働力を活用することにほかならない。受け入れてしまったら、社会保 障やら文化差やらを解決せねばならない。しかも、給与はあがっていく。一度受け入れた移民はずっと面倒を見ねばならない。
そう考えると、大袈裟に言えば、バイヤーとは各国の労働力を利用し、日本の社会制度の持続をはかる職業だといえなくもない(やっぱり大袈裟だったかもしれない)。輸入とは移民受け入れと等価である。しかも、輸入は既存の社会システムを変更することなく実行できる。
これは差別主義者のコメントではない。単に事実を申し上げているのである。
坂口孝則(http://www.co-buy.co.jp/)
